絵本のむし

おすすめの絵本をちょっとオタクかもしれない視点で紹介している。

「たぐぼーとのいちにち」(+あるぜんちな丸について)

貨物船のはなし」に引き続き柳原良平さんの船の絵本を紹介させて下さい。

 

「たぐぼーとのいちにち」

小海永二 作 柳原良平

2004年 福音館書店 (初版 1959年発行)

タグボートって知っていますか?港で働く、大型の船を押したり引っ張ったりして着岸・離岸の手伝いをしたりする、小さいけれど力持ちの船です。

そのタグボートの1日を紹介する絵本で、タグボートの仕事がよくわかります。

文はフランス文学者で詩人の、小海永二さん。

前回紹介した「貨物船のはなし」と違って、小さい子ども向けになっています。

もともと「こどものとも」シリーズから出ていたようですし。

 

終盤で移民船「あるぜんちな丸」が出航する場面があり、初めて読んだ時はそんな昔の本なの?とちょっとびっくりしましたが、1959年に初版が発行されたそうなのでそんな昔の本でした!

柳原さんの古さを全く感じさせない絵柄のせいで気づきませんでした(船は自動車よりもデザインの移り変わりも緩やかですし)。

色使いや構図もとてもスタイリッシュです。

f:id:nyoromura:20240903143824j:image

 

あるぜんちな丸 は「貨物船のはなし」にも登場し「たいへん美しい船」と紹介されていたので、柳原さんにとって戦後復興を象徴するような思い入れのある船なのかも、と想像しました。

 

古い絵本ですがタグボートの仕事は今とさほど変わっていないと思います。

ただ貨物の積み下ろしに艀(はしけ)を使っていますが、今は大きな港なら貨物船やコンテナ船も港に直接荷下ろしできるようになっているので、そこは今と違うところですね。

50年代までは港が浅くて接岸できなかったため、貨物の積み下ろしは艀を使うのが一般的だったようです。

f:id:nyoromura:20240903192746j:image

 

柳原さんが京都市美術大学を卒業されたのが1954年だったそうで、卒業後サントリーに入社、1959年にサントリーを退社されているのでこの絵本はサントリーを退社した年に出ていることになります。

ていうか、サントリーには新卒から5年間しか在籍していなかったのですね!その中で「アンクルトリス」という傑作が生まれていたのか‥‥。

 

 

 

_____________________________

 

ここから先は私個人の備忘録というか、この絵本に登場するあるぜんちな丸周辺に関して個人的に気になって調べた内容なので、興味のある人だけどうぞ。(長いです)

 

戦前から続いたブラジルへの移住政策は戦後も続き、戦後ブラジルに移住された方は約6万8千人にのぼるそうです。その方達を遠くブラジルまで運んでいたのが南米航路客船のあるぜんちな丸 や、ぶらじる丸。

この本に出てくる あるぜんちな丸は二代目で、(初代あるぜんちな丸も移住客船だったが戦時中に徴用されて空母「海鷹」になっている)神戸港から南米への移住者を送り出していたとのこと。

処女航海が1958年だそうで、文中に「あたらしい いみんせん」とあるので、この絵本に描かれた場面もその時のものかもしれません。

処女航海ではドミニカ移民174名、ブラジル移民540名、パラグアイ移民134名およびその他乗客224名が乗船していたそうです。ブラジル移民だけではなかったんですね(そもそも船名‥)

 

移民船と言ってしまうととなんだか人がぎゅうぎゅうに詰め込まれたあまり良いものではないように聞こえてしまいますが、れっきとした客船であり、移民は移民室ですが一等船室や公室は豪華で、ハワイ航路には天皇をはじめ皇族の方々も乗船した事もあるようです。

当時、あるぜんちな丸は日本の最新最大の客船でしたが、南米移住者の減少につきその後は純客船に改造され、初代「にっぽん丸」となったそうです。(今のにっぽん丸は三代目)

現在にっぽん丸を運航している「商船三井クルーズ」という会社は、元々「日本移住船」という社名で、そこがあるぜんちな丸などを保有管理していたわけですね。

 

あるぜんちな丸は解体されてもうありませんが、姉妹船「ぶらじる丸」は紆余曲折を経てなんと今は中国の湛江で観光施設となっているそうです(!)

https://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1345

船に歴史あり、です。

 

↑ところで検索していて見つけたこのHP自体、「あるぜんちな丸同船者寄稿集」というものすごいものでした。

内容もすごいボリュームで、こんなものが読めてしまうとは、久しぶりに古き良きインターネットを感じました。

 

ブラジルに移住した方々、特に戦前に国策として進められた移民政策のもとブラジルに渡った方々の苦難の歴史は、恥ずかしながら大人になってようやくその詳細を知ったところです。

 

そんな話を知っているため「たぐぼーとのいちにち」で華やかに見送られているあるぜんちな丸も、複雑な思いで見てしまいます。

ちなみに、ブラジル移民の方達の苦難の歴史は、「その女、ジルバ」という漫画でよく知ることができました。漫画自体も面白く、とてもお勧めです。

(ドラマ化もされていましたね、1話以降見ていないためドラマの出来はわかりませんが)

ところで、あるぜんちな丸に乗船していたドミニカへの移住者の方々。

この方達もドミニカに渡った後大変過酷な目に遭っていたそうで‥

日系ドミニカ人 - Wikipedia

2006年に日本国政府と和解し、2022年(!)にはドミニカ政府から正式に補償金の支払いが始まっているそうです。

ドミニカ共和国、日本人移民に補償金支払い…事前に約束した農地割り当てず : 読売新聞

 

 

移民問題というと現代では主に日本に来る人のことを想像しますが、満洲に関してもそうですが過去にはほぼ騙されるような形で日本から国外に渡り、戦争や国家に翻弄され過酷な運命を辿った方々が大勢いるという事も忘れずにいたいと思います。